20170920


日記。


脳みそが弱く、性格の悪い人を見ると悲しくなる。

ふつう性格の悪い人は、性格が悪いなりの処世術を身につけているものだと思う。自分をよい人間に見せるなり、悪い部分を隠すなり、開き直るなり。

脳みそが弱くなってしまったせいで、そういった処世術が実行できない。そういう人もいる。自分をよい人間に見せようとする意図が、あまりにも見えてしまう。その場面場面ではよい人間らしい行動をとろうとしていることはわかる。

その人の主観的にはそれが最善手なのだろうけど(あえて最善手以外をとる人はそういないと思う)、あまりにも、わかりすぎる。わかりやすすぎる。この戦術は、自分が芯からよい人間だという表明、よい人間に見せようとしてやっているわけではないという表明を伴わなければ、成立しない。

脳みその弱さがそれを許さない。

その人も、よい人間らしい行動と、それが心の底からのものであるというメタメッセージを同時に実行しているはずだ。

でも、そんなことできるはずがない。

よい人間であろうという意図は、そう見せようという企画は、技術であり、技術は健全な脳みそじゃないと身につけることができない。実行できない。

それがわかってしまってその人を見るのは悲しい。






20170913

 

エターナってしまっていた。

 

三月、大学を卒業した。四月に就職した。まっとうな人間らしい時間がない。ある。が、足りない。

週休二日じゃぜんぜん足りないし、翌日のことを考えずにインターネットで小説を読んだりもできない。

なんだこれは。

資格を取ったら半年くらい無職をやりたい。

 

最近は二次創作ssを書いている。他に楽しい時間の使い方がない。

漫画を買って読むことも増えた。

 

いいことだ。

伊藤計劃「ハーモニー」の感想

 

伊藤計劃『ハーモニー』の感想です。

友人に『虐殺器官』の映画を見に行こうと誘われたからそれを探していたんですけど、近所の図書館で見つからなかったから代わりにこれを借りて読みました。

前評判と表紙*1

からして百合だと思っていたんですけど百合でした。

めっちゃ頭のいい女の人とそれを理解できる程度に頭のいい(優越感)女の人のやつ…いいよね…*2という気持ちになりました。

以下は百合以外の話。あ、ネタバレあります。

 

・社会的リソースとしての身体

 このお話の舞台となる未來社会は「生命主義」の原理によって支配されています。

 <大災禍>以降、人間の生命はなにより重んじられるべき価値となりました。そこではたんに生きていることだけではなく、「健康に」生きていることが求められます。それも肉体的な健康だけでなく、精神的な健康を。だから麻薬はもちろん酒も煙草も禁止され、カフェインの接種も公共の場では「マナーに反する」ものになります。人びとの健康はWatchMeという健康管理デバイスによって監視/維持されています。WatchMeは人間の病気を撲滅し、精神状態すら監視*3しています。

 なぜそうなるのか。そうする必要があるのか。それは人びとの健康と生命が「公共」のものであり「社会的リソース」だからです。

 ミァハとキアンとトァンは自分の身体が社会的なリソースとして扱われることを嫌悪して拒食による自殺を図りました。ミァハはこういいます。

〈list:item〉

 〈i:このからだは〉

 〈i:このおっぱいは〉

 〈i:このあそこは〉

 〈i:この子宮は〉

〈/list〉

 ぜんぶわたし自身のものなんだって、世界に向けて静かにどなりつけてやるのよ

(伊藤計劃『ハーモニー』p10)

 だから「健康」に攻撃するような形で、すなわち「拒食」という方法で死んでやろうと提案し、三人は実行しました。

 

 と、まあそんなことは読んだ人にはわかってるだろうし読んでない人には伝わるかわからないしあんまり書く意味がないようなことを書いてきましたけれど、ここで気になったのは「個人の身体が社会的リソースである」とはどういうことか、ということです。

 先の引用でいわれている「おっぱい」も「あそこ」も「子宮」も、全部生殖に関する場所だから、社会的リソースととしての身体とはつまり「生殖する身体」なのかと思ったけれど、ミァハの意識が発生した場所を考えるとこれはもっと個人的な理由のような気もします。

 あ、書きながら気がついた。ミァハの意識が生まれた場所(チェチェン)も生命主義による支配も、どちらも個人の身体の所有権(支配権? 適切な言葉が見つからない)が個人ではなく社会の側にあるんだ。チェチェンでは身体への暴力を介してそれがなされていて、生命主義ではより複雑にWatchMeや倫理セッションを介してなされている。

 そこまで考えると、じゃあ「個人の身体が社会的なリソースではない」社会ってあるのか? という疑問に行きつきます。つまり、身体が他者によって利用されることもなく、またある状態(だいたいの場合「健康」と呼ばれる状態)になるよう監視されることもない社会とは。自分の健康を損なうことが許容される社会とは*4

 そう考えると、実は「わたしたちは大切にされているから、身体が公共的で社会的リソースで自分だけのものでないという(p131)」ことが「嘘」であるという(感覚を持っている)社会は、かなり珍しいというか、少なくともこの何百年かにしかないかなり特殊な社会なのではないかという気もします。

 

・意識と身体

 ある程度の社会システムさえできあがっていれば意識なんてなくてもそれを維持していくことができて、しかも現在のシステムが意識ある者に(自殺するほどの)苦痛をもたらすならば、意識なんてなくてもいいじゃないというのがミァハの結論でした。たぶん。意識なんて別に神聖なものでもなんでもなくて、進化の過程で得た形質の一つにすぎないんだから、という。

 トァンの台詞に「精神は、肉体を生き延びさせるための単なる機能であり手段に過ぎないかも、って。肉体の側がより生存に適した精神を求めて、とっかえひっかえ交換できるような世界がくれば、逆に精神、こころのほうがデッドメディアになるってことにはなりませんか(p168)」というものもある。

 健康(=生存可能性)を最大化する生命主義システムにおいて、生存を目的とする肉体(=生命主義社会におけるリソースとしての身体?)にとって最大のリスクは、「意識がシステムに耐え切れず自殺すること」になる。それゆえ<ハーモ二―>は生命主義社会におけるリソースとしての身体=生存を目的とする肉体にとって最も合理的な方法といえる。

 でもこれって、実は意識本位の方法なんじゃないかという気もする。人間の生き延びにおいて意識が果たした役割を知らないのであれなんだけども。肉体の生存を最大化するシステムにおいては意識の苦痛が大きくなる。それなら意識は「耐えればいい」。そういう可能性があるにもかかわらず、(<大災禍>の教訓を無理やり引き出して)意識をなくそうというのは、やはり社会的な身体より生存を目的とした肉体より個人の意識が優先された選択だ。セカイ系だ(大セカイ系主義)。

 

 

 

 

 

 

 

*1:

https://www.amazon.coハーモニー.jp/-ハヤカワSFシリーズ-Jコレクション-伊藤-計劃/dp/415208992X

*2:最近読んだのだと野崎まど『パーフェクトフレンド』のさなかと理桜がよかった

*3:「WatchMeに警告されてしまいましたわ。対人上守るべき精神状態の閾値をオーバーしている、って」「確かに、公共の場で興奮したりすると、WatchMeはそれを計測してユーザに警告してくれますね」『ハーモニー』p187-138

*4:身体改造、タトゥーとかピアッシングの文化史と比べてみたら面白そう

20160930



今日もまた比較的調子の良い日です。

寝不足ですが。


朝起きるのが本当に苦手で、だから翌日の朝に何か予定があると起きるのに失敗しそうで怖くて眠れない。昨夜もそういう夜だった。がんばって3時間くらいは寝ることができたし、起きることもできた。

こういう方法で朝の用事をこなしていく成功体験を重ねていくのは絶対によくないことだと思う。ますます眠れなくなってしまう。


たぶん今日も一日体調が悪い。やっていけない。これから眠りたい。やっていく。

20160924

今日は比較的調子がよく、学校にいったあとまた図書館にいきます。

イーガンのしあわせの理由が読みたい。


貴志祐介のクリムゾンの迷宮をこの間読んだ。人間に秘められた能力に期待しすぎじゃないかと思ってしまった。


20160917

最近とても悪くて、何が悪いのかというと怠惰なことです。


身体を動かさなきゃなーと思いつつ面倒だしだるいので動けていません。本当は動かさなきゃとも思っていないです。そう思わずに済むように入力を制限しています。たとえばラインを見ないなど。


文字化けして読めなくなっていたHPを正常に読み取れるブラウザを知りました。

それでもっぱら昔読んでいたゼロの使い魔のタバサヒロインssを読んでいます。好みが変わっていない。そんなことをしている場合ではない。

でもそのブラウザのおかげでさまざまな文字化けサイトを見られるようになりました。懐かしいものをいろいろ見た。好みが変わっていないというかそれに規定されているというか。


ともかく身体を動かすことから始めようと思います。リハビリです。ひとまずなにか喋ったほうがいいような気がしたのでブログを更新します。なにか喋っていたらいつか意味のあることを言わなきゃいけなくなったとき綺麗な声が出るそうです。


今日は図書館にいきます。社会復帰社会復帰







ちとあかまとめ(原作5~11巻)

ちとあかまとめ(原作1~4巻+がちゆり) - かけきた記 http://kakekita.hatenadiary.jp/entry/2016/06/12/044201

 

前回の続き。

 

5巻

該当シーンなし

 

6巻

該当シーンなし

 

7巻

intermission.6★私、乗り遅れてる!?

・京子からメールで鼻血を出す千歳の写真を送られるあかり。「大丈夫かな大丈夫かな!? 誰かティッシュ持ってるよね!?」(p86)

 

intermission8.★偶然の一日、ハプニングな毎日。

・炎天下。あかりがコンビニでアイス買ってきた帰り道、草むしりをする千歳を発見する。あかりは「暑そう…」「暑いんですから水分もちゃんと摂らなきゃだめですよぉ」といってアイス(ソフトクリーム)をさしだして一緒に食べようと提案。あかりがふたを開けたらアイスが折れてしまう(p104,105)。

・千歳はあかりにアイスをくっつけるためのアドバイスをする。あかりはそれに成功しかけたが、偶然走ってきた子どもにぶつかってアイスを落としてしまい落ち込む。千歳「ど…ドンマイやで…半分食べ?」(p113,114)

→10.5巻の花子ちゃんとのやりとりを連想。あかりは人に親切にしようとして、逆に優しくされてしまうことが多い。千歳のあかり像。

→「あついんですから~」おばあちゃんに対するセリフ。あかりの千歳像。

ティッシュ、たくあん、アイスと、ちとあかはなにかあげたりもらったりすることがが多い。

 

8巻

該当シーンなし

 

9巻

該当シーンなし

 

10巻

該当シーンなし

 

11巻 ※裏表紙がちとあか

75★オトナノカイダン

・職員室前であかりが千歳を発見。声をかけようとしたら千歳が鼻血を出す。あかりは千歳にティッシュをあげる(p62,663)。

→千歳は妄想中で、声をかけられるまであかりの存在に気づいていなかった

・二人とも人を待っているという話。「生徒会ですか? いつも大変ですねぇ」「そんなことないでー?……たまにみんなで遊んだりもするねん」。千歳がごらく部についスターゲームを持っていくという発言(p62,63)。

→千歳自身やあかりが遊ぶというより京綾のツイスターゲームを見るのが目的か。

・千歳が京綾のツイスターゲームの妄想で鼻血を出す。それを見たあかりが、どうして千歳は鼻血を出すのか疑問に思い、「先輩ってどんなときに鼻血が出るんですか?」「妄想が絶好調なときやねえ」「妄想?」「そうやねぇ…(妄想)…うーん 赤座さんにはちょっとはやいかもしれへんなぁ」「え~っ あかりも中学生なんですよぉ!(●` 3 ´●)」(p65,66)

→それを見た千歳は「仕方ないな」の表情。

・千歳が妄想の内容を説明しようとするが(あら…? 改めて言葉にしようとすると かなり恥ずかしいで…!? 全然意識してなかったけど うち いつもこんな過激なこと考えてたんか(汗))「ご ごめんな赤座さん やっぱり言えへん 忘れて?」と赤面。あかり「そんなあ」(p67)

・汗をかいて赤面する千歳を見ながら、あかり(どうして教えてくれないのかなぁ…たしかにあかりは子どもっぽいけど でもあかり大人っぽくなりたいし いろんなこと知りたいし)「先輩! あかりは子どもだけど 池田先輩のお話聞きたいですっ あかりがんばりますから」「あかり 先輩みたいに大人っぽくなりたいんです」と身をのりだす。顔を覗き込む(?)(p67,68)。

・千歳が困っているところにちなつがやってくる。千歳は「ほら赤座さん! 吉川さんやで」と話題を逸らす。(なんとか難をのがれたわ)と安心する(p69)。

・安心している千歳にちなつが「なんの話してたんですか? お顔が赤いですけど」と尋ねる。千歳がごまかすが、あかりが代わって答えて「あのねぇ 先輩に教えてほしいことがあったんだけど あかりにはまだはやいんだって」「でもでもっあかりがもう少し大人っぽくなれば 教えてもらえるってことですよねっ」(p69,70)

・千歳は「い いや特に何も…」「あ 赤座さん あのな」というがあかりにスルーされる(p69,70)。

→気づかなかっただけ?

・結衣を発見して飛びつくちなつを追いかけ、あかりもその場をはなれる。千歳は声をかけようとしたが止まらずにいってしまう(p71)。

・その後やってきた綾乃にあかりと何を話していたのか尋ねられ、「な…なんでもあらへんよ?」と赤面(p72)。

 ・おまけのところであかりが「また今度 池田先輩に聞いてみよっと♪」(p73)

 

 

つづく